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鬼降る森

2007年4月28日

「 鬼 降 る 森 」        



 仕事とは直接関係ないが、社内メンバーを中心に長年読書会をしている。常連の友人や飛び入りの知人もあり、誰が来られてもいい私的な会である。いま古事記を読んでいる。毎年夏には夏山合宿をする。今年は祖母山系の親父岳というのに登り、古事記所縁の高千穂に泊った。高千穂神社では観光御神楽も見たが、地元の蕎麦屋に入ったら、高山文彦署名の色紙が掲げてあった。あ、高山さんも来てるんだ、と漏らしたら店の主が「高山さんなら今日、もうすぐ来ます」と。メンバーの一人が高山文彦著『鬼降る森』を持っていた。聞きつけた主は「サインを貰って上げましょう」と言う。会えればちょっと話したいとも思った。だが皆ながゆっくり蕎麦を食べ終っても高山さんは現れなかった。よろしくと言って発ちかけると主はなおも「本を預かれば貰っときますよ」と言ってくれる。ちょっと悪い気もしたがもう帰るのでと、失礼をしたのだった。
 『鬼降る森』は、高千穂に生まれ育った高山さんが故郷のことを書いた本だ。一見平俗な暮らしを続ける人々の、意識の古層への共感が気持ちよく伝わる。ご多分にもれず、始めは山村に育った青年が泥臭い田舎を恨み、広くて自由な都会に憧れて出奔するが、やがて故郷の人間味に気付く。明治以来繰り返されて来たそういう構図が高山さんにもあるが、こういう本がもっと出て、もっと読まれねば、と思う。アメリカやヨーロッパばかり見ていても、もう何にも始まらないのではないか。蕎麦屋の主の顔には、わが村のレポートを誇りに思っていると書いてあった。そういうレポートがあり村があることを僕らも誇りにしたいと思う。高千穂は美しかった。 (版元新聞原稿)