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お産の話

2007年4月28日

●孫が五人いる。
四人は長男の子で今は北海道に行ってしまった。そのうちの二人は双子の女の子でこの春には中学生になる。

昨年(06年)四月二十八日には末の娘に女の子が産まれた。真弓と名づけられた。この児が近くにいて毎日のようにやって来る。この春、ちょうどこのホームページを作ろうとしている時、そろそろ誕生を迎えることになる。だんだん面白くなっている。尤も煩さいことも多いから、孫は「15分くらいが好い。30分したら帰ってくれ」と言っているが、なかなか帰らない。何のかんのとまだ当分はつき合わされるだろう。
それで爺ジイの子守ページの開帳ということになった。

孫についての雑文は、先ずは生まれる前の「お産の話」から始めたい。

   *



   「お産の話」

 娘が、何とかフォーラムという産婦人科医と助産婦達の講演・研究会に誘われて行って来たと言って、「お父ちゃん、お父ちゃん!」と興奮気味で帰って来た。吉村正という愛知・岡崎の産科のお医者さんの話が「もう一から十までお父ちゃんの言っていることと同じだった! 面白かったア!」と。
 一通り聞いてなるほどと思った。そういう運動もじわーっと全国的に広がり始めているようだ。それを認めると学会やジャーナリズムは、自分達の立場がないから抑制に廻る。だから運動は未だ少数派であるが、やがて本流になることは眼に見えるように思う。

 娘が妊娠して、掛かり始めたのがそんな自然派の流儀を推進するお産婆さんで、講演会に誘ってくれたのだそうだ。「そんな人に出会えてよかったなあ。」「うん。それでね、吉村先生の話っていうのが、最初は皆なカルチャーショックを受けるでしょうと言われ、実際始めて来た人の半分くらいはハレーションを起すんだって。お医者さんや産婆さんがよく分ってくれないと困るのに、専門家が反発するって。私はお父ちゃんに何時も聞いている話だったので、えらいすんなり入ったわ。」と言っている。

 吉村さんというのは僕より5歳上、愛知・岡崎で「お産の家」という産科を開業しているという。今全国から助産婦たちの研修申し込みに大忙しだと。研修に来てやはりカルチャーショックで逃げ帰る産婆さんもあるという。しかしそうやって次第に、医者は頭が固いからなかなか動かないが、助産婦たちが今全国ネットを作りつつあるということだった。名古屋大学卒、始め大学の医局にいたが西洋産科学の方法に疑問を感じ独立、産科一筋で来た人という。その人の話を娘が一渡り語ってみせたが、言ってみれば以下のような趣旨だった。

 お産は病気ではない。それを産科は病気のように扱う。産婦人科なんていう名称からしておかしいだろう。そこから一切が狂って来る。自然な営みのお産を人間が操作しようとするから、それが幾ら善意に満ちていても母体や新生児を傷つけたり、余計な忍耐や犠牲を強いることが避けられない。難産というのは近代医学が入って来てから起ったもので、妊婦の間違った教育と西洋産科の方法が不自然な難産を生み出した。時代の推移と共に帝王切開率が増え難産率が増えている。その理由は簡単で、お産を母親と医者の都合だけで操作しようとしたからに過ぎない。

 お産は母親や産婆がするのではない。赤ん坊が自らの力で育ち自然に出て来るのだ。大人はそれを介助するだけだが、介助なしにはまともに生れないと思うような見方は人間の傲慢である。放っておいても子供は生まれる。自然に任せるよき補助の仕方、赤ちゃん主体の放っておき方というものが、私たちの心得というものである。
 岡崎の「お産の家」では、臨月の妊婦を何時もピクニックに連れて行く。陣痛が来ていても連れ出す。野辺で産気づき草原の上で産み落としてもいい。土の上で出しても好い。赤ちゃんが砂まみれになっておぎゃーと言う。その晩からお母さんも赤ちゃんもきっと元気で安らかな状態が訪れる。

 「産後の肥立」がよいとか悪いとかいうのは、生んだ後の赤ちゃん自身の生育のことで、普通にケアして行けば悪いということは起らない。吉村先生は半世紀、二万例の経験を持つが失敗はおろか、異常というものは千に一つもないという。「だから自信を持って言う。詰まらぬ心配や配慮がお産を困難なものにしている。皆な安心して欲しい」と。

 妊婦の心得としては、命というものの神秘さに思いを致すことである。生命を神秘と見なさないことによって医学はいよいよ混迷の度を深めている。出来れば宗教的な感情を持って欲しい。自分は何教の信者でもなく宗教の宣伝などをする積りはない。しかし厳粛な生命への畏敬の念を持つこと、それが宗教感情の元ならば、そういう敬虔で馥郁とした思いを生きること、それさえあれば万事自然に運ぶのである。余計な予備知識や科学的と言われる管理意識に囚われたらお終いである。

 自然に分娩すれば万に一つの失敗も、異常も起らない。消毒薬を使い、陣痛の制御をしたりするから難産が頻発する。帝王切開は西洋医学の敗北宣言と同じである。全く無用の方法である。それが必要になるのは妊婦の体力とか妊娠の状態の所為ではない。妊娠中の下手な生体管理が、帝王切開をせざるを得ないように母体を傷つけた結果である。運動や労働よりも養生を大事にし、栄養や休養を先行させた。その結果、本来の産出力を弱らせただけである。

 たとい逆子や異常胎児でもお産そのものには何の問題もない。逆子は生み出す時簡単に正せる。吉村先生は妊婦に薪割りや力仕事を薦めているという。もう薪割なんて暮らしの中にはさっぱり無くなったが、薪割が妊婦の運動として最適なので、岡崎の「お産の家」では薪割が出来るようにして、その薪でお湯を沸かして産湯を使わせる。お産は無論畳の上。
 運動をしてちゃんと日本食を採れば、お産とは楽しいものである。そうやって生まれてくる児は文字通り赤い。病院で母体を患者のように扱われて生れて来る児には青みがあるのである。

 粉ミルクなんてものは無用の長物である。全く使う必要がない。必ず必要な栄養分は母体から出る。出ないのは、それ以前に、無用な妊婦の健康管理をするからで、管理をすることで体質を変えてしまうのである。注射も薬も一切使わない。無用だから。それは妊娠中から心がけねばいけない。
 妊娠・出産は病気ではない。だから病人のように扱うのは間違いなのだ。それに胎児は異物に敏感だ。おたふく風邪のような極端なものは知られているが、無関係な風邪薬一つでもどんな影響を与えるかは、まだ何も殆んど何も分られていないと言ってよい。

 「人間の赤ん坊が生れて来るんですよ。皆な大喜びしているのに、その時、当の母親だけが苦しいなんて、本当にありと思いますか? 本当は苦しくなんかないんだ。痛い!? ちょっとだけ。それも気持好い痛さのはずである。お父さんとお母さんの愛の結晶が妊娠ならば、その結果は祝福の成就だから、自由で明るくて楽しいことばかりなんだ。それをなぜ、生れてくる子供は祝福だが、そのためのお産は難行だとしてしまうのか。わざわざ難産を惹き起こすような健康管理に気をとられ、そんな暮らし方をするのか。詰まらないこれまでの常識に振り回されさえしなけば、生理的にもそんなことはないということを言っておきたい。」

 ざっとそんな話で、お父ちゃんの話聞いているみたいだった、と娘は笑う。スライドやグラフを使って四時間余りもの話だったそうだ。大きな会場満員だったという。
 確かに僕が思うことと同じである。医者が宗教は大事だと言うこと一つをとっても、この人は人間を見ていると思える。難産は近代医学が生んだものだと、産科の医者が言えば説得力を持つだろう。

 既に古く旧約聖書には人間の原罪の報いとして男の労働の苦しみとセットで「女の産みの苦しみ」が齎らされたという記事があり、日本でもお産は命がけという通説が流布している。しかし産みの苦しみとは、生理的・一時的・部分的な痛みのことに過ぎない。それを「人間の本質的な苦しみ」であるかのように「苦しみ」の概念の固定化が図られるのは、いかにも為にする人為的な歴史・社会制度の跛行であろう。男の「労働の苦しみ」というものも、本来は労働に伴う一時的・部分的性格を言うだけであって、決して労働の本質などではない。働く喜びを思い、特に自然的な労働の楽しさということに思いを馳せれば、強制労働とか生き辛い各時代の弱者の苦役が一般的となるのは、跛行的歴史における覇権者の搾取や人間本来の共同性の疎外において出現していることが見える。

 女の産みの苦しみも、一時的には幾ら苦しくても耐え難い苦しみなどではないであろう。かえってその喜びを大きくする苦しみに違いない。それが特に耐え難く母胎に危険な様態を見せるようにまでなったのはどうやら近代になってのことらしい。同じく「楽しい」、「苦しい」と言っても、それぞれ部分的・表層的なものもあれば、総体的・本質的なものもありそのレベルは段々だ。同じ語で表現されても似ても似つかぬ内容の違いがある。聖書がそう言い現代人の常識ともなっているお産や労働の「苦しみ」というのは、自然から疎外せしめられた人間の状況であり、それ自体不自然な苦しみだということが、吉村先生のお産の話でよく分かると思う。

 日本で一番最初の帝王切開は京大でなされた(明治33年、執刀は緒方正清という、蘭学者・緒方洪庵の末裔である)。それで生れた人は中井正一という。皆な西洋崇拝の当時の仲間連中である。中井は京大の美学の教授で面白い人だったが、国会図書館の副館長もされた。代表作論文に「委員会の論理」があり、それはそれで面白いのだが昔の日本の村々にあった寄り合いの論理には及ばない。近代を引導したインテリ達は皆揃って自国・日本の伝統的文化を簡単に見捨てて西洋ばかりを見ていた。今も臓器移植などの先端医学では京大が一番かと思われるが、東大・京大の学府が率先して明治以来西洋科学・医学を煽って来たのである。その結果が現代の衛生思想でありお産の常識である。いわゆる普通に信じられている僕らの衛生観念も、実は恐ろしいほどの極めて不健康な代物だということを知らねばならない。

 もうすぐ不惑にもなろうという長男は福岡の市立病院で産まれた。その時始めて僕は病院の産科・分娩室の様子を垣間見た。分娩台の上の女房の姿は痛ましかった。その余りの異常な光景に暗然となり新聞記者の友達に話したら、取材ということで調査に入ってくれた。十一月の相当寒い日に、赤ン坊の取り出された後暫く裸のままで女房は分娩台に放置されていた。そのことが新聞記事になったのである。結局主治医に謝罪されてそれで終りにしたが、あの分娩台の印象の異常さはこの世のものとも思えなかった。

 その時の主治医が特別怠慢だったわけでもないことは容易に見て取れたが、娘が聞いて来た話のように、正常で頑健な妊婦でもあんな台に乗せられた途端、自然の産出力は萎えて余計なところに力がかかり、難産となるのは必定のように思われる。それを何とも感じていない医療関係者に僕は腹を立てたのである。無意識裡にも妊婦は己のおかれた状況の異常さに身構えるのだと思う。正常な感覚ならそうなる。分娩台は医者の作業の都合だけで設計されていると思う。

 そういうことを娘は僕から聞いているからだろう、自宅で生みたいと言って、それに対応してくれる産婆さんを探して来たのであった。そして今回の研修会に出て、ああ、よかったと言っている。僕もそれが好かろうと賛成した。この娘は体型的にも難産の恐れが強い。体が細いだけでなく一種虚弱なところがあって、家内などは児を産んでも満足にお乳が出るのかと心配している。とても大学病院や普通の産科には掛からせられないように思われるから、内心僕はほっとしている。

 恐らく常識的な人には、吉村先生が言う通りカルチャーショックになる話だろう。しかし本当のことは本当だから仕方がない。実はこれは産科だけの話ではない。いつもそんなことばかり僕は言っているが、現代文明の構造的異常さが津々浦々に弥漫して、倫理道徳から衛生、経済の観念に至るまで誘導され矯正されて常識が作られているから、真実の事実・本当の自然というものを回復するのは大変なことなのである。僕はそういう疑問に曝されて一生を費やして来たように思う。しかし本当の事実を捉える、自然に返るということは至難の業である。そのためにもっと観察しなければならない、もっと調べねばならないことが山ほどある。それを楽しみながら色々やりたいとも思っている。これから生まれて来る孫の育て方・お守の仕方も考えねばならない。 (05・9・28)