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歎異抄と滝沢克己・レジュメ

2007年11月5日

「歎異抄」と滝沢克己(滝沢克己協会セミナー07・9・29)レジュメ  
                                        


 歎 異 抄


(とりあえず村上の「歎異抄」の読み方として、冒頭第一~四条と後序末尾を例に上げて、私注の形でその部分の要点を記す。)

 ひそかに愚案を回らしてほぼ古今を勘ふるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有ることを思ふに、幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まつたく自見の覚悟をもつて他力の宗旨を乱ることなかれ。よつて故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。

(第一条) 一、 弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。(注一)弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆゑに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと云々。

 (村上の注・以下同様)

(注一)「念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。」
 これが歎異抄全一巻の基調・畢竟の帰結だろうと思う。本当に「思い立つ」こと、心の底から湧き出だす憶念の感得横溢、そこから起る念仏称名。それがあれば総ての想念・態度・行動はそこから所を得て充足して行く。いわゆる親鸞の「信心決定」の時とさえ読める。それは自己存在の個的生命的決定性とでも呼びたい自己成就・本当の自己との出会いと言える。そういう意味で後序の「親鸞一人がためなりけり」と見事に調和していると思う。曽我量深も、ここの「(念仏を)おもひたつ」が後序「一人がため」と共にそのすぐ後に続く「(本願の)たすけんとおぼしめしたちける(かたじけなさよ)」に照応していることを言う。(『曽我量深選集第六巻』弥生書房P87)そういう受け取り、一念発起というか、自己心底の宿善の発現から起るのっぴきならぬ自己自身の念仏であれば、当然「他の善も要にあらず」なのである。わが生命の一切がそこに掛かると。


(第二条) 一、 おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学匠たちおほくおはせられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひとの仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。(注二)そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ、いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと云々。

(注二)「親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひとの仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。」
 「総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて・・・・」と、執っこいまでに「知らぬ」ということを強調する。知る必要のないことだと。いかにも実存的と見える。しかし何かを知ろうとすることは、それがどんな真理に関ると言ってもそれ自体は「自力」の営為である。間違いはそこから起るであろう。本当に知る必要のあることは自然に知れて来るのである。心根の確かさ、つまり真っ当に生きようと「思い立つ心(念仏)」の一途な確定さえあれば、知るべきことはその知るべき事柄の方から、向うからやって来る。「弥陀」が助けてくれる、如来が知らせてくれる。そういう事態を含意して、縁あって出会った先達の教えを大事に頂く外に何を知る必要があるのかと。「詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。」外に選択肢や解釈の多様性を残さない、その必要のない信心決定の表白であろう。流儀の違う人はあるかも知れない。それは「面々のおはからひ」である。


(第三条) 一、 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。(注三)しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。

(注三)「善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」
 「善人・悪人」の観念が、元々例えばキリスト教の概念などとは相容れないところで語り出されていると思う。わが罪を告白しつつ敬虔な信仰に生きる善人と、原罪の跳梁に抗せずほしいままの主我主義に陥っている悪人、といった善人や悪人というのは、実際には何処にも存在しない単なる概念の固定に過ぎないことを見ている地点での文言である。善悪の実体化を廃してそれを無化する本願力信仰。
それかあらぬか、滝沢克己先生は『「歎異抄」と現代』第5章で二十数頁を費やしてここを詳説しておられる。しかし結局「悪人成仏のためなれば」の悪人は「煩悩具足のわれら」すべてであり(P95)、「往生の正因」は自力のこころをひるがえした善人、となる(P98~99)。そういう論の一般化をした上で「(善悪の)区別・順序を、能う限り明確に表現することを要求」している(P101)とも言われる。それはしかしこの第三条に出ている「自力作善」ではなかろうか。滝沢の「悪」は無化というより克服の対象と見える。


(第四条) 一、 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもつて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。(注四)しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々。

(注四)「この慈悲始終なし。しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべき」
 「この慈悲始終なし。」の「この」は、滝沢克己、曽我量深を含めて、寡聞にして僕の知る限り総てが「聖道の(慈悲)」と解されている。しかしその読み方は先ず文法的にも無理があるのではなかろうか。ここは「浄土の慈悲」を含めて人の慈悲は「終始なし」と言われていると思う。直前に「浄土の慈悲といふは、・・・・衆生を利益するをいふべきなり。」とあるのである。そこに「べき」と助動詞もついている。「べき」は強調でもあれば推量・当為・可能等を含意していて断定一義ではないであろう。だからこそ帰するところは「念仏申すのみぞ」となるように思う。念仏はつまり心底からの真心、第一条(注一)の本心に沸き立つ心であって、総てはそこからしか開かれないというのであろう。畢竟浄土門の念仏の慈悲でない限り「すゑとほりたる」慈悲とはならない、という主張においては聖道の慈悲の批判・否定であるから大意理解に間違いはないとしても、念仏の威力の受け取りに微妙な影を落すと思う。

・・・・

(後序) ・・・・聖人のつねの仰せには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。(注五)されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐候ひしことを、いままた案ずるに、善導の「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしづみ、つねに流転して、出離の縁あることなき身としれ」といふ金言に、すこしもたがはせおはしまさず。・・・・

(注五)「ひとへに親鸞一人がためなりけり。」
 親鸞における絶対の信心決定ということ。自分自身に決定的なこととして「かたじけなさよ」に懸る感銘の言葉である。さすがに滝沢先生はこの一言に歎異抄一巻の帰趨点を見て、そこから自らの論を書き出されている。しかしどういう訳か、ここは「特に選ばれて」と「親鸞は言っているように見える」が決してそんなことはない、ということに拘って立論されて行く(『「歎異抄」と現代』P12~41)親鸞の言葉に僕はそういう印象は皆無である。ともあれ、人間の絶対的被決定即自己決定という視座から信心の結構を解析して①本願力による弥陀の廻向②その弥陀の廻向による人の廻心という二重性に説き及ばれる。そして「信心には、それがそれ自身はけっして実体・原像ではないただの映しにすぎないという感覚が、かならず含まれていなくてはなりません。」(P36・37)と言われるのは滝沢の真骨頂である。しかし問題は残る。その「映しにすぎない」世界が人間の全部、聖俗、幸不幸、喜怒哀楽総ての場であるから。
 

(後序末尾)・・・・一室の行者のなかに、信心異なることなからんために、泣く泣く筆を染めて、これを記す。名づけて、歎異抄と言ふべし。外見あるべからず。(注六)
 (蓮如版奥書)
  右斯聖教者、為当流大事聖教也。於無宿善機、無左右不可許之者也。(注七) 釈蓮如(花押)

(注六)、(注七)「外見あるべからず」と著者・唯円が記し、それを書写した蓮如が「於無宿善機、無左右不可許之者也。」と書き付けたということは、歎異抄が不用意に読まれては危うい文言に満ちていることを慮った注意であろう。しかしそのために近代に至るまで本願寺内に秘匿されていたという。だがまた、これが公開され人口に膾炙されて来た現代、親鸞教の教学がどのくらいの深化を見たのか、事情に暗い僕には分からない。ただ理屈の洗練、弁証だけが賑やかになって、親鸞が大事にした「信心決定」が風化に晒されているのでなければ幸いである。
 同時に、この禁止は信仰共同体への配慮と読める。それをセクト意識ないし単なる歴史内部の形への固執として批判・一蹴するのは短見であろう。唯円は泣いている。好い加減な気持で読んで欲しくない、読ませられないということかと思う。蓮如の「無宿善機」というのはやや通俗的な感じを醸すとは言え、信仰における思想・弁証ということの相対化、つまり歎異抄を信仰のための必須文献とは置かないという考えと思われる。歎異抄が必須となるような信仰は、それ自体いわば理神論とか知解主義、つまり要するに自力主義に陥る傾向が脱しにくいからであろう。 
 『歎異抄』が陽の目を見るようになるのは近代、ついこの間のことである。その意味では日本が西洋の文物に振り回され、デモクラシーだのリベラリズムだのという価値観を移入して国家資本主義の許、個人主義が行き渡る時代に読み始められた書物である。そういう時代に拮抗する思想を備えていたと言えると同時に、大方はそういう時代の価値観を前提して読まれて来た節も感じられる。明治も中葉を過ぎて、幕末頃の妙音院了祥の本格的な研究書『歎異抄聞記』が出版され、それを東本願寺の清沢満之が注目して積極的に『歎異抄』を広げようとした。以降、暁烏敏や曽我量深を始め五万と研究書や解説書が出ているが、僭越ながらまだ何も読み切られてはいないという印象を受ける。


 * (追記)滝沢克己先生の「歎異抄」読解について


 滝沢克己『「歎異抄」と現代』(三一書房・昭和四九年刊)は、「歎異抄」の論理と倫理と題された講演が元であり本書本文もそのタイトルで纏められている。
 滝沢先生の一貫した基本的視座は、「神即人」の不可分・不可同・不可逆の関係点の精確な把握ということである。そこを何か取り違えると人は決してまともに生きられない。だから滝沢の方法は常に「結局のところおまえは何を支えとして立つか、おまえのいる処はどういう場所か?」(P194)という問いにおいて展開している。
 例えば人が生きて在る・存在ということは、それ自体として意味もなく宙空に置かれているなどということは金輪際あり得ない。神と呼び得る永遠の不可視の真実主体の実在ということがあって、人はその神の眼差しにおいて真実の神の場に在る(不可分)。(そこは先生はもっと突っ込んだ形で、神の恵みと審きにおいてある、と何時も言われるが僕は眼差しと要約したい。審きとは余りにキリスト教的に過ぎる。)だから人とは必ず「神即人」の「人」であるが、可視的な人そのものは何処までも神ではない有限の一被造物に過ぎない。(不可同)。従って一切の真実はその神の真実として、「神即人」のその「即」点を通して人に現象して来る。人が自らの存在を「神即人」ではないかのように思いなすとすればそれが罪・悪である。一切の真実は神に由来するから、真実は神から出るものであって人からという要素は何もない。人はただその神の真実を受けるだけでありその関係は決して逆にはならない(不可逆)。
 そうした神からの作用を受けてその真実を表現するために働く存在というのが人間というものの存在の意義である。だからそれは物理科学から政治・経済・社会・芸術等の諸分野を含めて総ての人の営みに通底する普遍的根本原理であるが、宗教とか哲学ということは特にその根本原理に直接対面して、その「神即人」の「即」点の結構を確実に捉えるというところに真に積極的な意味がある。
 手荒な僕の理解だが、およそ滝沢先生の学的方法論というのはそう要約しても大過ないであろうか。

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 そこから「歎異抄」を論じれば、当然親鸞や著者の唯円が「即」点をどう精密に押えていたか、その文言に映されている真実主体(ここでは仏)の真実のありようを問い、解析するということになる。それを見事にやっておられると思う。親鸞においては「真に先なるもの・主なるものは「弥陀即凡夫」、「摂取不捨の本願」と言い表わされたその一点にある、」「己の宗教・教団を始め人間のあらゆる営みの自己目的化から根本的に解き放たれたところにのみ、「無碍の一道」・「すゑとをりたる大慈悲心」は・・・・現成します。」(P90)どの頁から引いて来てもよいのであるが、「歎異抄」の一々の文言の意味・位相を追って詳細に論じておられる。
 しかし僕には些か疑問が残る。まず簡明直截にして迫力に満ちた掌編の「歎異抄」を論ずるのに、よく言えば丁寧だが悪く言えばあまりに冗漫な論を展開されては、読んでいる内に「歎異抄」がどこかに吹っ飛んでしまうのである。妙音院了祥の『歎異抄聞記』から暁烏敏の『わが歎異鈔』、曽我量深の『歎異抄聴記』まで大抵の論が厳つく長大で、同じような印象を受ける。「歎異抄」はそれだけ難しい、それだけの内容があるということであろう。それは認めたい。しかしその昔、K・バルトの「教会教義学」の何千ページに亘る体系的叙述に、畢竟のインマヌエルの理解の不徹底を読んだ滝沢先生である。せめて「歎異抄」にはそれと拮抗するスピード感と分量で同じレベルの内容を語り出して貰えていたらと、ない物ねだりのようになりかねないがそう思うのである。

 ちょっと今言う冗漫になるが、先生の論の運び具合の一端に触れてみようか。例えば第4章3節「他力の信」の「論理」と「倫理」(P69~)はこう始められる。

 「こうして私たちは、現代人にとってほとんど避けがたいかなりの廻り道ののち、親鸞のいう「他力の信」が、無量寿・無量光仏自体の本願選択、親鸞という人間的主体の成立の根柢にすでに来ている絶対無条件の決定、いいかえると事実存在する一個の人としての親鸞の絶対的な被決定性に基づいて、ひとえにその「もようし」のおかげでかれ自身に生起することではあるが、同時に他面、どこまでも親鸞自身の責任においてかれみずから行なうところの、主体的能動的(一言でいって自発的)な決定であること、その意味で正真正銘かれ自身の「自覚」であることを、もう一度確認いたします。」
 そして続けて、
「弥陀の本願選択と親鸞の自己決定との関係は、弥陀(絶対無限の真実主体)の実在と、それにおける親鸞(一個有限の客体的主体)の成立とのあいだの、絶対に不可逆的な関係(順序)に即して間髪を容れず生起する両者それぞれの作用のあいだの関係として、それ自身、絶対に不可分・不可同・不可逆的です。「ひとへに」といわれるとおり、どこまでも一方的に、弥陀の本願力、その「もようし」が先であって、親鸞の信心・念仏は後であります。・・・・本当にこれを知るということは、ただ、かの根源的な関係(基点・基礎)じたいによって、私たち「罪悪深重・煩悩具足の凡夫」にあっては摂取不捨の本願力そのものによって、直接に眼が開かれることによってのみ、すなわち弥陀本願への至心の信楽としてのみ、私たちに起こることができます。・・・・ですから、弥陀本願の決定力(のはたらき)と親鸞の信心としての自己決定の区別・関係・順序の在りようを、どう言葉を尽くして説き明かしてみても、その説き明かしをほんとうに理解するということは、ただこれを聞く人自身が弥陀の「もようし」によって直接に「信心を賜わる」ということにおいてしか起こりようのないことです。・・・・」だからこんな話は「要らざるお世話」(P71)かも知れないが、しかし実はここが大切で・・・・と議論はずっと続いて行く。

 語られていることの一々の内容はもっともで説得的である。しかし先生自身が「かなりの廻り道」や「要らざるお世話」のきらいのあることを自覚しているのである。それでも同趣旨の議論が延々と続く。長引く理由はひょっとしたら今引用したこの部分にも出ている「自覚」とか、「眼が開かれる」、「理解する」といったタームの本書での頻出と関係がありそうに思う。少し後には「親鸞の信心は同時に信知であり」とも言われる(P75)。それらは決して単に頭の先で「知る」というような軽薄な意味で使われてはいないが、しかしどうしても理知的な受けとり・理解ということが先行する印象が拭えない。これは「滝沢」の弱点と思う。
 「歎異抄」は、実はそういうアプローチを拒絶している処があるのではないだろうか。だからここでは先生のキリスト論やバルト論等より遥かに苦労されている風が窺える。