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08年夏合宿 報告

2008年8月20日

08年夏合宿
08年8月17日~18日
熊本・那古井館
テキスト・滝沢克己『夏目漱石』第二章「文学論」と神経衰弱、一節~五節



登山は前日の大雨で中止・漱石「草枕」の舞台(峠の茶屋・前田別邸跡等)、熊本住居跡、その他熊本城、宮本武蔵・霊巌洞、加藤清正・本妙寺、熊本城等を見物、そして西南戦争・田原坂にも寄りさしずめ二日がかりの観光旅行となった。

(報告)
 一~五節を輪読。
 前第一章の漱石生涯の「戦い」という捉え方を受けて、「文学論」の企図も「大小内外の幾多の敵の背後に潜む唯一究極の敵に対して、最も果敢に、最も困難な戦いを挑」む(74p)ものだとして本論が始まる。
 一、二節において当時の妻等への書簡などを傍証に引きつつ、三、四節で「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す」で始まる文学論の内容を概観して、結局は漱石の所期の目的が挫折に至る事由を探る。五節では「これらのFがそこに生れそこに消える唯一の中心――彼自身の自己そのものの何であるかは、それによって少しも明らかにならなかった。」(93p)「要するに彼は人間の存在(自己)そのものを根本的に明らかにして、そこから文学をその一要素として含む世界史の神化乃至は分化の傾向と意義とを把握するという彼の『文学論』本来の課題には遂に一指も触れることが出来なかった。」(95p)と中間総括されるのである。
 漱石の置かれた立場やその外的身辺の事情と合わせ、その内的苦悩の深い在り処への視点はさすがであり殆ど反論の余地もない。ただ細部の議論とはなるけれども、漱石の立ち向かわんとした対象を「唯一窮極の敵」(一節74p)と言われる点とか、その反動のように神経衰弱に陥る一つの遠因を「第二義以下の雑事・・・・余りに馬鹿々々しい世間の干渉の故に・・・・」(二節80p)というような表出は議論なしとはしないであろう。恐らくそこで言われていることに間違いはない。正解と思う。しかし「唯一窮極の敵」というような捉え方は、生きた人間存在というものを根本的にはどのように理解した時に出て来る観念か、という問いは残るし、俗世間的な暮しの一種消耗な諸問題を「第二義以下」の「馬鹿々々しい」こととしてしまうのは、これもその観念に偏向がないかどうか問う余地が残る。
 高邁な志における当時の漱石の苦悩に関して、家族を始めとする周囲の「雑事」「干渉」を跡付けるのに、滝沢はそれらの人々に宛てた漱石の手紙の文言を引証する。そこにこの部分における滝沢の論の弱さがないかどうか、と坂口はその危さを論じた。例えば家族への書簡等の断片は、そこに表記された言葉だけで第三者が事情を精確に忖度出来るとは限らない。むしろ意味が反対になることも多く、そういう「証拠」で必ずしも漱石の苦悩の実態を剔抉出来るとは限らないからである。
 典型的な悪妻のように語られる漱石の妻・鏡子についても、最近は反対に奥床しい良妻と見る議論も出て来ているようだ。僕らにとってはどちらでも好い、どちらでも同じと見える。